現金プレミアムを組み合わせて株式交換を提案した武田薬品のシャイアー合併計画は、発表と同時に武田側株主が明白な損害を被るという、異例なスキームである。
M&Aにはあらゆる危険が潜む、としても極めて異例である。4月25日の「改定申出」によって解消されたが、それまでの問題点は次のとおりである。
- 武田薬品経営陣によると、シャイアーに提案した一株7050円(47ポンド)の買取価格は憶測前(3/20)の株価 4470円(29.8ポンド)に対して2580円(58%)のプレミアムになる
- 7050円は現金3150円(21ポンド)と新株3900円(26ポンド)で提供される
- シャイアー株主は合併によって現金3150円を受領すると同時に、3900円で取得した新株を現時点(4/20) の市場価格(4857円)で売却すると、差額957円の追加利益を得ることができる
- 合併提案の公表によって下落した株価 4510円(4/25)でさえ、シャイアー側株主には取得額 3900円との差額 620円が追加利益となる
- このように、シャイアー側株主は新会社の株価が 3900円に低下するまで追加利益を確定するために、先を争って売り抜けようとする
- 合併成立を待つまでもなく、市場で空売りして 3900円で買い戻す裁定取引が成立するので、武田薬品経営陣が提案を撤回しない限り、この状態が持続する
- 従って、4857円(4月20日)の武田株を保有していた株主は会社声明が発表されると同時に3900円との差額 957円の損失が決定されたことになる
4月25日の「改定申出」について
- Shire社株式1株あたり7424円(49ポンド)へと前回の7050円(46ポンド)から5.3%引き上げた。プレミアムの言及はないが計算では64%へ6ポイントの追加となる
- Shire株主は現金3295円(21.75ポンド)および 4130円(27.26ポンド)に相当する新株0.839株を取得する。
- 一株あたりの価格に換算すると4月23日の終値4923円と同じとなる。
- この改定によってShire側株主が得る追加利益が裁定取引を誘引して、株価が下落する問題は解消された。
- しかし、憶測が始まった3月23日以降、武田薬品の株価が4月25日までに下落した問題は解決されず、むしろ現状の株価が価格算定の基準として定着される恐れがある。
下のグラフは3月23日を起点とし、4月25日まで1カ月余りの株価増減率である。シャイアー(青色)は25%も上昇したが、武田薬品は19%減少し、市場指数(TOPIX +0.3%)を大きく下回った。
5487円であれば持ち分を50:50とする係数0.839を乗じた4603円(30ポンド)が株式部分となり、残りの現金部分は2820円(=7423-4603)となる。今回、3295円に増額した現金部分を475円(14%)減額できる。
そもそも、Shire側株主への対価に現金部分があるかぎり、武田側株主には不平等な負担が生じる。特に新会社の経営リスクに対する負担において一層顕著となる。
次のセクション「株式交換による株主損失:合併会社のバランスシート」で、詳細に検討する。
- 株価純資産倍率(PBR)は武田株が2.03倍だったのに対し、シャイアー株は1.04倍であり資産の簿価に対する株式市場の信頼度には大きな開きがあった。(29ページ参照)
- グローバル製薬企業のPBRはブリストルマイヤーズ 7.3倍、リリー 7.2倍、ロシュ 7.0倍などが高位にあり、サノフィ 1.4倍、バイエル 2.2倍、ノバルティス 2.6倍などが低位にある。いずれにしてもシャイアーのPBRは極端に低い。
- シャイアーの「のれん代および無形資産」 6,261円は株価4,470円(29.8ポンド)を大きく上回っていた。新会社ではさらに悪化する。 「のれん代および無形資産」 は6906円、これを賄うための借入金は4013円に拡大し、純資産3819円を大きく上回る。
- 合併による金融費用と償却費用の増加は一株あたり160円に達し、武田側株主の一株利益のほとんどを費消する。シャイアー側は合併時に取得する現金プレミアムによって20年分が補償されている。
まとめ
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