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第54回 薬剤学懇談会 2017年6月9日 抄録



グローバル製薬産業の将来像と国内産業の現状および問題点

要旨

2016年の医療用医薬品の世界売上トップ50品目を見ると、抗体医薬を中心にバイオ医薬品が急増し、ほぼ半分をしめている。一方で、多数の競合品によってニーズが充足された大市場では低分子医薬品は低迷している。低分子であっても、癌やC型肝炎といったアンメット・ニーズに対する治療薬は増加している。さらに、対象を広げて主要な300品目を治療分野ごとに集計して分析した。2016年は抗リウマチ薬ヒュミラに代表される自己免疫疾患治療薬の増加が最も大きかった。また過去5年間に激減していた循環代謝系疾患の市場がわずかながらも増加に転じた。今後を展望する上で示唆に富む変化である。

1.はじめに

 製薬企業が決算発表で開示する個別製品の売上高を10年間にわたって集計し、分析した。メガファーマと呼ばれる米国6社(ファイザー、メルク、ヤンセン、リリー、ブリストルマイヤーズ・スクイブ、アッヴィ)、スイス2社(ノバルティス、ロシュ)、英国2社(グラクソ・スミスクライン、アストラゼネカ)、フランス1社(サノフィ)、ドイツ1社(バイエル)、以上12社の医療用医薬品の合計は2011年がピークとなり、その後は2015年まで4年連続の減少となった。メガファーマ12社の業績が長期間にわたって低迷してきた背景には、コレステロール低下剤「リピトール」(ファイザー、ピーク時売上高107億㌦)、降圧剤「ディオバン」(ノバルティス、60億㌦)、喘息治療薬「シングレア」(メルク、55億㌦)など、特許終了を迎えた大型製品が後発品の参入により激減し、「2012年問題」と呼ばれたパテント・クリフ(特許の断崖)があった。

 一方で、アムジェン、バイオジェン、ギリアド、セルジーンに代表されるバイオ医薬企業は順調に成長していた。なかでもギリアドは2014年の一年間で売上高が2.3倍となり、医療用医薬品売上ランキングの9位に初登場し、さらに2015年は6位へと上昇した。2014年は発売初年度から100億㌦(1兆円)を超えたC型肝炎治療薬「ソバルディ」(NS5Bポリメラーゼ阻害薬)、2015年はソバルディにNS5A阻害薬を配合した「ハーボニー」が貢献した。ハーボニー(130億㌦)とソバルディの合計は190億㌦となり、この2品目だけで日本企業としては最大である武田薬品の医療用医薬品売上高1兆6000億円を大きく上回った。ちなみに武田薬品の世界ランキングは2012年11位を最高に、現在は17位まで低下している。

 また、2012年から5年間連続して製品ランキングの首位にある抗TNFα受容体抗体ヒュミラは2016年も15%増加して160億㌦に達し、1品目で武田薬品の全体に匹敵する売上規模となった。ヒュミラは関節リウマチだけでなく、潰瘍性大腸炎をはじめ、最近も爪白癬症といった様々な自己免疫疾患の適応症を追加しながら成長を続けている。このように近年躍進している企業とその製品の土台には「抗体医薬」と「アンメット・メディカルニーズ」がある。

 弊社(ファーマセット・リサーチ)ではメガファーマ12社の「主要製品200品目」(合計250億㌦)および「その他製品」(合計100億㌦)に加えて、アムジェン、ギリアドといった主要なバイオ医薬品企業、さらにベーリンガー・インゲルハイム、ノボ・ノルディスク、武田薬品などの「ビッグファーマ」企業を対象に主要製品100品目(合計100億㌦)を集計している。全体としては企業数30社、製品数300品目、合計売上高450億㌦(45兆円)を調査対象とし、これを治療分野ごとに再集計して市場予想モデルを作成し、毎年更新している。以下、グローバル医薬品市場の動向を治療分野、さらに抗体、ペプタイド、分子標的といった製品特性に焦点をあてて分析を試みる。

2.売上高トップ50製品の推移

 医療用医薬品の2016年グローバル売上高ランキングを表にまとめた。表中の「適応症・薬効」欄でアンメット・ニーズを緑色、「製品」欄では抗体医薬品をオレンジ、抗体以外のバイオ医薬品を薄いオレンジで色分けした。トップ50品目のほぼ半数24品目をバイオ医薬品が占め、そのまた半数12品目が抗体医薬品であった。アンメット・ニーズは32品目で6割を超えた。C型肝炎治療薬ハーボニーや白血病治療薬の分子標的抗がん剤「グリーベック」のように、低分子化合物であってもアンメット・ニーズに焦点をあてて大型化した製品が14品目あった。残るのはアンメット・ニーズでも、バイオ医薬品でもなく、ニーズが充足され「競合品がひしめく大市場」で販売される低分子医薬品である。糖尿病治療薬「ジャヌビア」、抗ぜんそく薬「アドエア」、コレステロール低下剤「ゼチア」、抗潰瘍剤「ネキシウム」など、8品目が該当する。この分類構成はこの5年間で逆転している。

 6年前2010年のトップ50製品リストを見ると抗体医薬7品目を含むバイオ医薬品は17品目で全体の3分の1であった。反対に7割近い33品目が低分子化合物であり、その中には日本を開発起源とするブロックバスター製品が8品目もあった(注:文献1)。この2010年リストにあった糖尿病治療薬「アクトス」(武田薬品)、向精神薬「エビリファイ」(大塚製薬)、アルツハイマー型認知症治療薬「アリセプト」(エーザイ)、降圧剤「オルメテック」(第一三共)、降圧剤「ブロプレス」(武田薬品)、前立腺がん治療薬「リュープリン」(武田薬品)、抗菌剤「レバキン」(第一三共)、以上7品目は2016年リストには見あたらない。唯一残ったコレステロール低下剤「クレストール」(塩野義)も昨年中に米国特許が終了し、2017年リストからは脱落する。抗体医薬やアンメット・ニーズに照準を合わせた研究開発に遅れた国内企業の現状がこのまま続けば、日本を起源とする新薬は世界トップ50製品ランキングから消滅することになる。

3.治療分野別の売上規模

 各企業の製品売上を治療分野ごとに再集計した。対象とした約300品目の2016年合計は3560億㌦(36兆円)、対前年伸び率は1.7%だった。ほぼ同一の製品構成で集計した前年(2015年)合計の成長率4.3%から大きく鈍化している。その最大の理由はC型肝炎(HCV)治療薬の減少である。前述したハーボニーとソバルディが2014年、2015年の2年間で2兆円近く増加し、全体を5%拡大していた。しかし、新薬発売の予定に合わせてインターフェロンを中心とする従来の治療を忌避していた待機患者への投与が一巡し、新製品の売上が大きく減少した。2016年はハーボニーとソバルディの2製品で6000億円減少し、市場全体を2%近く縮小させる結果となった。

 下のグラフは治療分野別の増減金額を示しており、上段が昨年(2016)、下段が過去5年間の増減額である。治療分野は左側から5年間増減額(下段)が大きい順に、上段と下段が同一の治療分野となるように並んでいる。



 最も大きく増加した治療分野は関節リウマチ、多発性硬化症、潰瘍性大腸炎などの自己免疫(autoimmune)疾患であり、増加額7700億円(前年比12%増)の内訳は、抗TNFα受容体抗体ヒュミラ(2016年売上高1兆6000億円)が2000億円の増加、抗IL-17A抗体「コセンティクス」(ノバルティス、1100億円)が1000億円、抗IL-12/IL-23抗体「ステラーラ」(ヤンセン、3200億円)が800億円、抗α4β7インテグリン抗体「エンティビオ」(武田薬品、1400億円)が700億円、などであった。

 次に大きく増加した「がん」(cancer)分野は対前年比10%(7100億円)の増加だった。全体の拡大を牽引したPD-1阻害剤「オプジーボ」の2016年売上高は2800億円増加し、発売から2年で3700億円に達した。同じくPD-1阻害剤の「キートルーダ」は1400億円へと800億円の増加だった。がん分野の主要製品の合計は7兆円を超え、全体に占めるシェアは初めて20%を超えた。さらに5年後(2021年)には14兆円へと倍増し、シェアは30%を超える見通しである。

 循環代謝系(CVM)疾患の主要製品合計は2011年に7兆円を超え、市場全体の25%を占める最大の治療分野であった。しかし、それぞれ1兆円を超えていたコレステロール低下剤「リピトール」と抗血小板薬「プラビックス」、ほかにも「ディオバン」、「ブロプレス」、「ミカルディス」といったARB型降圧剤などの主要製品が特許満了となり大きく減少した。CVM領域のシェアは2015年に20%を下回り、最大治療分野の座を抗がん剤に譲っている。2016年は抗血液凝固薬のファクターXa阻害剤「エリキュース」が1500億円、同じく「イグザレルト」が1000億円増加し、CVM全体は前年比2%の増加に転じた。今後は心不全治療薬のネプリライシン阻害剤「エントレスト」、LDL低下薬の抗PCSK9抗体「レパーサ」および「プラルエント」、などの拡大が見込まれ7兆円台を回復する見通しである。

4.おわりに

 メガファーマと呼ばれる最大手のグローバル製薬企業は2012年から2014年まで3年間続いたパテント・クリフの低迷から脱しつつある。おもに「がん」や自己免疫疾患を治療する抗体医薬が新たな成長モデルの土台となっている。一方で、低分子であっても分子標的抗がん剤や多発性硬化症治療薬のように対象疾患を絞り込み、薬理学的なブレークスルーを実現して大型化する製品も出てきた。昨年(2016年)、発売2年目で2000億円を超えた乳がん治療薬のCDK4/6阻害剤「イブランス」(ファイザー)が好例である。






 国内の製薬企業は1990年代から2000年台にかけてアンジオテンシン受容体拮抗剤(高血圧)、Achエステラーゼ阻害剤(アルツハイマー病)、PPARγ受容体作動薬(糖尿病)といった画期的な新薬を開発し、グローバル市場で躍進した。しかしバイオ医薬が全盛となった2010年代の開発競争では後塵を拝する結果となっている。低分子化合物でアンメット・ニーズの治療分野を開拓することが急務と思われる。
「新世代の低分子医薬品」を開発するには、対象患者を理論的に絞り込み、疾病メカニズムと有効な薬理を同時に特定し、迅速かつ精緻な製剤デザインで競合を上回る有効性を実現する、といった一段と高次元の集学的なアプローチが必要となる。アカデミアからの起業や医療研究開発機構(AMED)に代表される行政支援など、これまで欧米に遅れていた創薬ネットワークが急速に整備されてきた。これからの成果が注目される。