2021/01/06

タケダ薬品のR&D説明会(2020年12月9日開催)について(あらためてシャイアー問題を検証する)

10年後 2030年の目標とする売上収益5兆円の根拠を示す説明が不十分であったためか、株式市場の反応は冷ややかだった。量的にも直ちに理解することは難しい内容だったが会社説明の論点を、

① シャイアー統合後の売上収益は3兆3000億円前後のまま低迷しているが、「 5 年後の2024 年度には、主力品の落ち込み 45億ドル(ほぼ5000億円)を上回るグローバル製品の増加 80 億ドルが貢献して3兆5000 億円へと拡大する」、

② 「 10 年後の 2030 年にはパイプラインから 1兆 5000億円が貢献して 5 兆円に達する」、

という2つの段階に分けて考察してみたい。

まず、②「10年後(2030年)のパイプライン評価額1兆5000億円」については、全品目の成功確率を100%と仮定した非現実的な数値であった。一方で、その成功確率を半分以下に見積もった 6000億円程度が「WAVE 1 PTS調整後」としてグラフに示されており、全体としては信憑性が保たれているよう見える。しかしながら、根拠がないとさえ感じられる過大な数値を10年後の目標としてCEOが説明会の冒頭に発表しており、無責任な印象が強く残った。また、内容を詳細に見ていくと、個々の数値目標にも多くの疑問が残る。

特に問題なのは、 最大プロジェクト として60億ドル(6500億円)を見込むオレキシン化合物のナルコレプシー治療薬である。額面通りに実現すれば、グローバル製品の売上ランキングでトップ10に入ることになる。しかし、希少病治療薬におけるこれまでの最大売上は、アレクシオンのヘモグロビン尿症治療薬ソリリスの39億ドル(4200億円)であり、ランキングは21位である。

タケダのナルコレプシー治療薬がソリリスを2300億円も上回るという計画の根拠は不明である。経口剤のTAK-994は登録症例数202例を目標とするフェーズ2試験段階にあり、完了するのは2021年5月の予定、注射剤のTAK-925はフェーズ1を終了したばかりである。フェーズ2も終了していない段階ではどうのような根拠であれ、責任ある説明にはならない。2021年4月6日に開催される投資家イベントでの詳細説明が待たれる。

前後したが、①「5年後(2024年)に想定される既存製品の減少」については45億ドルにとどまらないと予測される。説明資料8ページのグラフでは、2019年度に3300億円だった血友病領域は2000億円前後へと40%ほどしか減少しない想定と見えるが、さらに1000億円減少して3分の1(1100億円)以下となる可能性が高いと思われる。

その根拠は、ロシュの二重特異性抗体ヘムライブラだけでなく、バイエルのJivi、ノボノルディスクのESPEROCT、サノフィのEloctateといったPEG化遺伝子組み換えファクターVIII製剤との競合が激化していることにより、アドベイトの後継品アディノベイトの成長が見込めないからである。さらに、ファイザーが発表した新規抗TFPI抗体やフェーズ3に進んだ遺伝子治療SB-525など、5年後にはさまざまな競合品が市場に参入している可能性が大きい。

仮に、全体の売上減少額が想定通り45億ドルにとどまるとしても、グローバルブランドによる上乗せ額として想定する80億ドルが45億ドル(4800億円)を下回る可能性が高く、売上収益は横ばいを維持することさえ困難な状況と見える。

タケダが期待する上乗せ額45億ドルの2/3以上は、2024年度売上65億ドル(2019年比33億ドル増加)を見込む潰瘍性大腸炎治療薬エンティビオの増加である。しかし、市場競合と開発パイプラインの状況を見ると、エンティビオの売上は47億ドル(5000億円)程度、15億ドルの増加にとどまりそうである。

最大の競合品であるヤンセンの抗IL-23抗体ステラーラ(適応症:潰瘍性大腸炎/クローン病、尋常性乾癬、乾癬性関節炎)の2019年売上は、グローバル医薬品売上8位となる67億ドルである。比較すると、エンティビオには消化器領域の適応症しかないうえ、最大市場の米国では皮下注製剤の承認が遅れている。さらに経口JAK阻害剤の抗リウマチ薬が続々と潰瘍性大腸炎へ適応拡大されてくる状況から、競合が激化すると予想される。

多発性骨髄腫治療薬ニンラーロに対する期待も過剰気味である。一次療法の効能追加に失敗し、高位予想20億ドルどころか、低位予想の15億ドルも厳しい状況である。同じ2015年に発売されたヤンセンのダーザレックスは、昨年、一次療法の効能追加が承認され、売上は1000億円増加、3000億円に達している。

「武田薬品の将来を考える会」のレポートでは、エンティビオとニンラーロの現状を分析し、タケダ薬品が想定する3つの数値、

(1) 2030年5兆円の売上収益

(2) 2024年までの主力品減少額 45億ドル

(3) 2024年までのグローバル製品の上乗せ80億ドル

について、現実性を分析している。

おわりに(シャイアーの買収統合を振り返って)

タケダ経営陣が想定する以下3つの数値からみて、シャイアー社統合の成否について考察する。
  ① 2030年5兆円の売上収益
  ② 2024年までの主力品の売り上げ減少額 45億ドル
  ③ 2024年までのグローバル製品の上乗せ 80億ドル

まず、① 2030年(10年後)の売上収益目標5兆円については、タケダ経営陣が想定する研究開発パイプラインの貢献額 1兆5000億円において旧シャイアー社製品の合計は4000億円以下(34億ドル)であり、現実的には2000億円にも満たない。

一方、②5年後(2024年)に想定する45億ドル(4800億円)の売上減少は、2/3以上(3300億円)がシャイアー社製品によるものである。さらに、2024年までに米国において特許満了となる11品目の内、10品目(2019年度売上合計4300億円以上)がシャイアー社製品である。

このような状況から、タケダが公表した2030年までの売上予想額において シャイアー社買収はマイナス要因となっているように見える。さらに、③ 5年後(2024年度)にタケダが期待する「グローバルブランド12品目による80億ドル以上の上乗せ」については、実現の可能性が低いと思われるが、この数値においても旧シャイアー品目の貢献は26億ドル(2800億円)と1/3以下である。

このようにタケダが示している製品売上予想を分析してみると、シャイアー社買収に起因する問題が浮かびあがってくる。いずれにしても当面の焦点はタケダが5年後(2024年度)に想定する既存製品の減少45億ドルと、これを上回るとするグローバルブランドによる貢献80億ドルの現実性である。

現実的な想定で試算すると減少額は45億ドルを上回り、グローバルブランドによる上乗せ額は45億ドル前後にとどまる。すなわち、今後5年間の成長はほとんど見込めず、最終損益の回復も見通せない状況が続くと判断される。